刑法第39条とはどんな法律かご存じですか?
凶悪犯罪のニュースで「犯人の精神鑑定が行われる」と耳にしたことがある方も多いでしょう。
その根拠となっているのが、この条文です。
(心神喪失及び心神耗弱)
第三十九条 心神喪失者の行為は、罰しない。
2 心神耗弱者の行為は、その刑を減軽する。
引用元:刑法第39条
とてもシンプルな条文ですが、
その解釈ひとつで「人はどこまで罪を問えるのか」という、重く深い問題が浮かび上がります。
というわけで、今回ご紹介する本は結構ヘビーですよ!
『虚夢』(著者:薬丸岳) です。

こんな人におすすめ!
・犯罪の背景や動機に興味がある人
・登場人物の心の闇を丁寧に描いた作品を読みたい人
・社会派ミステリーに興味がある人
あらすじと補足
本作のテーマは、刑法第39条。
心神喪失者による殺人です。
三上佐和子と娘の留美は通り魔事件に巻き込まれ、佐和子は命からがら助かりますが、留美は亡くなってしまいます。
加害者は現行犯逮捕されますが、統合失調症の症状により心神喪失状態だったということで、不起訴処分となってしまいます。
事件後は北海道へ引っ越した三上夫婦でしたが、数年後、佐和子は街で犯人の男とすれ違う… というストーリー。
読みながら「もし自分が被害者家族の立場だったら?」と自然に考えてしまうような、リアルで重いテーマです。
心神喪失者を罰しないという法律は必要なのか、それとも不公平なのか。
そんなモヤモヤを抱えながら読み進める作品となっています。
印象に残った場面
▶ 被害者遺族の怒りや悲しみ
どんな理由があっても、殺人は決して許されるものではないと思うのですが…。
本作の被害者が語る場面で、
「同じ事件であっても、複数の精神鑑定で意見が食い違ったりすることもあります。
人を殺してしまっても仕方がないとされる精神状態の基準というものが、
被害者であるわたしにはまったくわかりません」
というセリフが印象的でした。
法律上の判断や専門家の理屈では片づけられない、
「遺族としての怒りと悲しみ」が凝縮された言葉だと感じました。
▶ 加害者の心境も描かれている
本作は被害者だけでなく、加害者にも焦点を当てています。
加害者がどのような心境で犯行に及んだのか。
罪に問われないまま社会に戻ったその後の足どり、そして精神疾患ゆえの苦しみ。
一方的に「加害者=悪」と断じるのではなく、人としての姿にも迫っていきます。
読みながらふと、
「自分が加害者だったら?」「自分の大切な人が加害者になってしまったら?」
と考えずにはいられませんでした。
被害者と加害者、どちらの立場にも偏らずに描かれているからこそ、胸に重くのしかかってきます。
そして、生きている限り誰もがどちらの立場になる可能性を秘めているのだと、突きつけられる思いがしました。
▶ 統合失調症について
本作のもう一つの大きなテーマは、統合失調症です。
加害者・藤崎は統合失調症により心神喪失と判断され、無罪となります。
一方で、幼い娘を殺された佐和子もまた、心の傷に耐えきれず精神を病み、同じ病を患ってしまいます。
加害者と被害者、まったく異なる立場にありながら同じ病に向き合うことになる。
その皮肉で残酷な対比が、強く胸に残りました。
人間の心の脆さと、それでも必死に抗おうとする姿が、
痛々しいほどリアルに描かれています。
総評
▶ 
とても考えさせられるストーリーだったので、今回はいつもより真面目に書評を書いてみました!
大切な人が目の前で殺され、現行犯逮捕だったのに「犯人は心神喪失状態だったので無罪」と判決が下されたら…。
「はいそうですか」と納得できる人なんて、いないですよね。
同時に、自分や身近な人が加害者になってしまう可能性もあります。
どんな理由であっても殺人は決して許されるものではない…。
そう思う一方で、人生は何が起こるかわからないのも事実。
だからこそ、「できれば被害者にも加害者にもならずに生きたい」と強く感じました。
刑法第39条を題材にした作品は多くありますが、本作は重いテーマを扱いながらも文章が読みやすく、ぐいぐい引き込まれます。
アダルティーな表現もありますが、人間模様がしっかり描かれているので、ぜひ多くの方に読んでほしい一冊です。