筒井康隆著『残像に口紅を』の表紙画像

ネタバレ注意 筒井康隆 🙂🙂🙂

残像に口紅を / 筒井 康隆

平仮名は「五十音」と呼ばれますが、実際の音は46音(ゐ・ゑ・をを除く)しかありません。

そこに濁音や半濁音を加えると71音となり、私たち日本人はその71音を組み合わせることで、無限の言葉や意味を生み出しています。

ではもし、この当たり前に使っている文字が、ある日突然ひとつずつ消えてしまったら…?

今回ご紹介するのは、そんな奇想天外な発想から生まれた実験的小説。

『残像に口紅を』(著者:筒井康隆) です。

ヤマモト

こんな人におすすめ!

・言葉が消えていく!不思議な世界を体験したい人
・前衛文学や日本SF文学が好きな人
・筒井康隆氏の独創的な作風を味わいたい人

あらすじと補足

スストーリーが進むにつれて、世界から文字がひとつずつ消えていきます。

たとえば「ア」が消えると、妻が夫を呼ぶときの言葉が消え、
道端を列をなして歩く黒い小さな昆虫も消え、
その文字を含む名前を持つ人物さえ存在できなくなる。

一度消えた文字は二度と戻らず、残された文字で世界が形作られていくのです。

「言葉が消える」とはつまり「概念や存在そのものが消える」ということ。
アイデア自体がとても斬新で、「なるほど、そう来るか」と驚かされる仕掛けでした。

ちなみに、日本三大奇書といえば、「ドグラ・マグラ」「虚無への供物」「黒死館殺人事件」ですが、もし現代版の奇書ランキングがあるとすれば、本作は間違いなく上位に入るだろうと思います。

印象に残った場面

タイトルのシーン「 残像に口紅を 」

娘の名前に使われている文字が消えてしまったことで、娘という存在そのものが世界から消えてしまいます。
それでも父である主人公の記憶の中には、彼女の残像がはっきりと残っている。

化粧をすればもっと美しくなっただろうと想像しながら、その残像に薄化粧を施し、唇に紅を差してあげる。

消えてしまった存在を、どうにかしてつなぎとめようとする父の行為がとても切ない。

文字が失われるというアイデアの実験的な面白さと、人が人を想う切実さが重なる瞬間。
この小説の不思議な魅力を象徴している場面だと思います。

露骨な性描写が多い

楽しく読み進めていると、中盤で突然始まる官能小説的展開。
ハイ、不倫です。

娘の残像に紅を差す…きれいなシーンが台無し!!

やっとアダルティー描写が終わったと思うと、また突然始まるアダルティーの波。

筒井康隆氏の作品は、ヤマモトもけっこう好きなんですけど、アダルティー描写がちょっと多いのが難点…。

苦手な方は注意です😅

言葉の選択肢が無くなっていく

印象に残ったのは、言葉の選択肢が少なくなっていく場面です。

「密会。いやな言葉だわ。でももう、そんな言葉しか残されていないんだわ」

本当はもっと適切な言葉を使いたいのに、消えてしまったため言い換えることができない…。
この世界の残酷さが一瞬で伝わるセリフでした。

作中では脇役たちも「言葉が消えていっている」という事実を認識しており、それに戸惑ったり、怒ったりします。

このシーンの女性は「この世界では言葉が消えていくのは仕方のないこと」と諦めを含んだ受け入れの姿勢を見せていて、その落差がとても印象的でした。

言葉が失われていくことへの反応が人によって違うのも、本作の妙味だと感じました。

総評

3 out of 5 stars

発想そのものは本当に素晴らしいのですが、正直、ストーリーは途中からほとんど理解できなくなってしまいました。

ヤマモトは物語の展開や脈絡を求めるタイプなので、こうした実験的小説はやっぱり苦手です💦

とはいえ、使える文字・言葉がどんどん制限されていく中で、
300ページ以上の小説を完成させた筒井康隆氏の語彙力・発想力・世界観には、ただただ脱帽。

作品そのものへの好みは分かれると思いますが、「言葉の可能性」に挑戦した一冊としては、間違いなく価値があると思います。

そんな意味も込めて、評価は少し高めの3 iine 🙂🙂🙂