清水潔著『桶川ストーカー殺人事件 ―遺言―』の表紙画像

おすすめ! 清水潔 🙂🙂🙂🙂🙂

桶川ストーカー殺人事件 -遺言- / 清水 潔

みなさんは、事件に巻き込まれたり、当事者になったりしたことはありますか?

ヤマモトはこれまで幸いにも、被害者にも加害者にもならずに生きてこられました。
警察のお世話になった経験といえば、何年か前の早朝、実家へ向かう途中に田舎道で土手から転落したときくらいです。
車は何回転かして、新車を廃車にしてしまいましたが、奇跡的にほぼ無傷!
(ムチウチにはなり、たまに忘れた頃に後遺症らしき症状も出ますが💦)
点数も引かれず、いまだにゴールド免許です😅

そんな経験をしてから、「何が起きるかわからないのが人生だな」とよく思うようになりました。
できることなら、このまま世間を賑わせることなく、平々凡々だけれど穏やかに生きていきたいものです。

……とはいえ、人生はいつどんな形で「もしも」が起きるかわかりません。
今回ご紹介するのは、そんな「もしも」が実際に起きてしまった現実を描いた一冊。

『桶川ストーカー殺人事件 -遺言-』(著者:清水潔)です。

ヤマモト

こんな人におすすめ!

・実際の事件を丁寧に取材したノンフィクションを読みたい人
・社会の理不尽や報道のあり方について考えたい人
・誠実さと執念を感じる取材記録を読みたい人

あらすじと補足

1999年10月26日、埼玉県のJR桶川駅前で起きた女子大生刺殺事件。
被害者となった女子大生は、元交際相手から執拗な嫌がらせや脅迫を受けており、何度も警察に相談していました。
しかし、まともに取り合ってもらえないまま事件は発生してしまいます。

彼女は、自らが命を落とす前に、犯人の名前を記した「遺言」を残していました。
にもかかわらず、当時の警察もマスコミもその内容を軽視し、被害者を「男をもてあそんだ女」のように報じたのです。
そんな風潮の中で、事件の真相を粘り強く取材し、警察の怠慢と隠蔽体質を白日の下にさらしたのが、著者・清水潔氏でした。
本書は、その取材記録と闘いの記録をまとめたノンフィクションです。

ヤマモトは当時、中学生くらいだったと思います。
正直、若い頃はニュースや事件にあまり関心がなく、この事件の記憶もぼんやりとしか残っていません。
ただ、再現VTRをどこかで見たことがあるような気がします。

この事件をきっかけに「ストーカー行為等の規制等に関する法律(ストーカー規制法)」が制定され、この法律によって救われた人は大変多いと思います。
その意味でも、社会を変えた大きな出来事だったと改めて感じます。

印象に残った場面

平凡な日常の尊さと、命の儚さ

女子大生が刺殺されたのは、駅前の路上でした。
自転車に鍵を掛けようとしたところを、背後から刺されたそうです。

「彼女が乗ってきた自転車には鍵がまだついていたという。
彼女はそれに乗って家に帰るつもりだったのだ。
だから彼女は鍵を掛けようとした。盗まれては困るから鍵を掛けようとした」という記述を読んで、胸が締めつけられました。
きっと彼女は、直後に自分の命が奪われるなんて想像もしていなかったはずです。

ヤマモトは、仕事をサボってスタバでコーヒーを飲みながら本書を読んでいました。
仮病で休んだ罪悪感と、「少し休みたい」という言い訳を心の中でせめぎ合わせながら。
「明日は頑張ろう」「ちゃんと働こう」と思えるのは、自分には「明日」が来ると信じて疑わないからです。

けれど、事件の被害者は、その「明日」を迎えることができませんでした。
そう思うと、平凡に過ごせる日常がどれほど尊いものなのか、改めて感じました。

身近に潜む事件の現実

犯人は、池袋東口近くのマンションに住み、経営していた風俗店も同じ東口エリアにいくつかあったそうです。

ヤマモトは初めて関東に住んだとき、上池袋にあるシェアハウスに暮らしていました。
池袋東口から徒歩10分ほどの場所です。
雪国の地方都市出身の田舎っぺ大将としては、徒歩圏内にPARCOやビックカメラ、ZARAなどおしゃれなお店があり
テレビでしか見たことのなかったサンシャイン60があるのが本当に都会に感じました。

そんなサンシャイン60の近くに、犯人・小松が経営していた風俗店があったと本書に書かれていて、衝撃を受けました。
ヤマモトが東京に住んでいたのは事件の10年以上あとになりますが、当時この事件のことはほとんど知りませんでした。
けれど、実際に自分が歩いていたあの道、見慣れたあのビルの近くで、かつてそんな事件が起きていたのかと思うと、どこか他人事とは思えなくなります。

今は地元に戻って暮らしていますが、ここも全国ニュースになるような凶悪事件や未解決事件がいくつもあります。
行こうと思えば、事件が公になる前に別の都道府県へ移動することだって簡単にできてしまう。
そう考えると、田舎も都会も関係なく、犯罪者は意外と身近に潜んでいるのかもしれません。
「犯罪者は北へ北へ逃げる」とも聞いたことがあるし…🤔

誠実な取材の中に見える人間味

本書は社会派ノンフィクションでありながら、驚くほど読みやすいです。
被害者遺族や関係者への誠実な取材対応、家族との何気ない会話、そしてペットのハムスター「のすけ」への愛情まで描かれており、清水潔氏という人物の人間味が随所ににじんでいます。

取材の焦燥感や苛立ちといった感情も隠さず綴られており、「いい仕事をした」と語る姿すらも、嫌味ではなく清々しい。
読者として、まっすぐな仕事への誇りを感じ取ることができました。

また、主犯格の犯人が沖縄へ逃げたという情報があり、なかなか捕まらない状況の中で、
「神頼みのような気持ちで、携帯の着メロを沖縄民謡に変えた」という記述があります。
張りつめた取材の中にも、思わず笑ってしまうような人間味のある描写があり、こういうところが清水氏の魅力だと感じました。

そして、「犯罪者は北へ逃げると聞いたことがある」と前述しておきながら、この事件の犯人は南に逃げたんだなぁと思っていたけど、次のページでは「北海道にいるらしい」との情報。
やっぱり北なのね。

▶︎ 「事なかれ主義」という名の無責任

「事なかれ主義と言ってしまえばそれまでだけどさ、保守的な人達はどこの世界にもいるよ。
問題は避けて通りたいさ。警察官だって同じだよ。みんなサラリーマンなんだぜ」というセリフが印象に残りました。

言いたいことはわかります。
けれど、命に関わる事件の現場で「事なかれ主義」がまかり通ることの恐ろしさを考えると、
「じゃあ、なぜ警察官になったの?」と問わずにはいられません。

さらに衝撃だったのは、警察の「トラブル処理」の描写です。
例えば、何かしらの事件で遺族と警察の間にトラブルが起きた際、警察が被害者遺族に菓子折りを贈り、
それを受け取ってもらえたら「この件は一件落着。捜査に落ち度はなかった」と判断されるという。

……これ、怖くないですか?
まるで京都のぶぶ漬けのような「暗黙の了解」で、一般人にはそんな意味があるなんてわかるはずもない。
全然解決していないのに、菓子折り一つで「済んだこと」にされてしまう。
その理屈の歪みと、警察内部の保身構造に、背筋がぞっとしました。

総評

5 out of 5 stars

事件の全容が非常にわかりやすくまとめられており、警察の杜撰な対応や、被害者本人・遺族の無念さが痛いほど伝わってきました。
警察と犯人、それぞれが責任を押し付け合う姿は本当に無様で、読んでいて怒りを覚えます。

中でも衝撃だったのは、警察内部の人間関係。
「お前のせいで降格処分になった」と逆恨みし、上官の自宅に放火した警察官までいたそうです。
その火災を最初に発見したのは上官の娘。
娘がいるのに、他所様の娘が命を落とした事件を「他人事」として扱っていたのかと思うと、言葉を失いました。

この国は加害者に甘すぎる。
そして日常の中でも感じるのは、「ゴネ得」がまかり通り、「真面目な人ほど損をする」という理不尽な構造です。
こんな世の中に誰がしたのか。そんな問いが、自分の人生経験とも重なり、胸に突き刺さりました。
本書は、社会の歪みを直視せざるを得ない一冊です。

あとがきには、本作がドラマ化されたことについても触れられており、調べてみたところ俳優・椎名桔平さん主演のスペシャルドラマが放送されていたそうです。
また、鳥越俊太郎氏の原作をもとにした内田理央さん主演の別作品もあるとのこと。
いずれも現在は配信されていないようですが、機会があればぜひ観てみたいと思いました。

そして何より、本書を手に取った方にはぜひ最後まで読んでほしいです。
あとがきでは、清水氏の「私事」としながらも衝撃的で心を打つ出来事が記されています。
さらに巻末には、被害者の父による文庫版書き下ろしの言葉も収録されており、その一文一文に深い愛情と喪失の痛みが滲んでいます。

本当に痛ましい事件であり、決して風化させてはいけない。
静かに、でも確実に心に残る作品でした。
強くおすすめします。