こんにちは!ヤマモトサオリです。
みなさん、飛行機は好きですか?
私は見るのも乗るのも好きなのですが、今回はそんな飛行機にまつわる痛ましい事故のノンフィクションをご紹介します。
『墜落遺体 御巣鷹山の日航機123便』(著者:飯塚訓) です。
1985年に起きた、日本航空123便の墜落事故。
520人もの命が失われた、未曾有の大惨事です。
本書は、その現場で遺体と向き合い続けた一人の警察官による記録。
読むには少し勇気がいりますが、忘れてはならない出来事を静かに、そして確かに伝えてくれる一冊です。
もともとは1998年に単行本として出版され、事故から30年の節目にあたる2015年には新装版の文庫が刊行されました。
※本書、およびこの記事には、遺体の状態についての生々しい描写が含まれますので、苦手な方はご注意ください。
こんな人におすすめ!
・航空史上最大の事故の記録を読みたい人
・事故の舞台裏を知りたい人
・実際の事故の記録を真摯に受け止めたい人
あらすじと補足
1985年8月12日、羽田空港から大阪(伊丹空港)へ向かっていた日本航空123便が、群馬県の御巣鷹山の尾根に墜落しました。
乗員乗客524人のうち、亡くなったのは520人。
生存者はわずか4人でした。
単独機の事故としては世界最多の犠牲者。
夏休みの帰省シーズンと重なり、家族連れも多く乗っていました。
今なお「二度と繰り返してはならない悲劇」として語り継がれている事故です。
本書は、事故直後から犠牲者520人全員の身元確認が終わるまでの127日間を記録したノンフィクションです。
著者の飯塚訓さんは、当時、群馬県警高崎署の刑事官でした。
事故の発生を受けて身元確認班長となり、遺体の身元確認を指揮する立場にありました。
遺体が運び込まれたのは、群馬県藤岡市内の体育館。
本書では、とくにその体育館での47日間が中心に描かれています。
真夏の暑さ、立ちこめる臭いと線香の煙、そして遺族の悲痛な声。
医師や看護師、警察官たちが極限の状況で身元確認を進めていく様子や、遺族との向き合い方などが、余すところなく綴られています。
ページをめくるたびに、「これはその場にいた人にしか書けない言葉だ」と痛感させられました。
事故の重さとともに、記録として残すことの意義を強く感じる一冊です。
印象に残った場面
目次について
まず驚いたのは、本書の目次の細かさです。
なんと、目次だけで7ページもありました。
章のタイトルは「出動命令」「悲しみの体育館」「看護婦たちの胸の内」「指紋、歯が語る」など。
その下にさらに細かな小見出しが続き、「完全遺体、離断遺体」「極度の悲しみが充満」「体に染みこむ臭い」といった生々しい言葉が並びます。
(離断遺体とは、体の一部が離れてしまった遺体のことです)
こうした言葉を和らげず、目次にそのまま載せているところに、著者の覚悟のようなものを感じました。
本文を読み始める前から、現場がいかに過酷で壮絶だったかが伝わってきます。
章の並びを追っていくと、墜落直後の出動命令から、遺体の確認、遺族への引き渡し、そして最終章の「最後の最後まで」へ。
127日間の流れが、目次だけでおおよそつかめるようになっています。
目次だけでここまで緊張感を与える本は、なかなか無いと思います。
読み始める前に一度、目次にじっくり目を通してみるのもおすすめです。
遺体の状態について
墜落の衝撃はすさまじく、元の形をとどめた遺体は多くなかったそうです。
本書には、その損傷の激しさが驚くほど生々しく記録されています。
頭の中に別の人の頭がめり込んでいたこと。
頭部のない遺体の首まわりに寄っていた皮膚を伸ばしてみると、男性の顔だったこと。
読むだけで背筋が凍るような記述の連続です。
また、土の中から、へその緒がついたままの赤ちゃんが見つかったという記述も。
墜落の衝撃で、妊婦さんのお腹から飛び出してしまったのだそうです。
損傷が激しいぶん、身元の確認は困難を極めます。
五体がそろった遺体でさえ、取り違えが起きてしまうほど。
日がたつにつれて腐敗も進み、頼みの綱だった指紋や歯型での確認も、次第に難しくなっていきます。
それでも医師や警察官たちは、一人でも多くの犠牲者を家族のもとへ帰そうと、わずかな手がかりを探し続けました。
描写の生々しさに目を背けたくなる一方で、その執念ともいえる仕事ぶりから目が離せませんでした。
家族が変わり果てた姿と対面する場面や、墜落していく機内で死を悟った男性が、手帳に家族へのメッセージを残していた場面では、読む手が止まり、涙が出てきました。
最期の瞬間まで、家族を思い続けた人がいた。
「犠牲者520人」という数字の向こうに、一人ひとりの人生があったことを突きつけられる場面です。
死後、身体はどうなる?
遺体に群がる蛆の様子まで細かく描写されていて、読んでいてゾワッとしました。
ほかにも、「遺体はメタンガスの発生で膨らみ、土気色から紫、そして黒へと変化していく」といった記述があり、九相図を連想しました。
九相図とは、屋外に打ち捨てられた遺体が朽ちていく様子を、9段階で描いた仏教絵画のことです。
人の体のはかなさを見つめることで、肉体への執着を断ち、この世の無常を知るために描かれたといわれています。
本書の描写も、目を背けたくなるものでありながら、人の体はいずれ朽ちていくという当たり前の事実を、静かに突きつけてきます。
自分も死んだら、本当にこうなってしまうのかな… と、私はときどき、そんなことを考えます。
死後の世界よりも、自分の体が朽ちていくことのほうが、私にはずっと現実味がないです。
「 子ども 」
飯塚氏が「子供」ではなく「子ども」と表記している点も、とても印象に残りました。
「子供」と書くと、「お供」のように、大人に付き従う存在というイメージを持ってしまう人もいるかもしれません。
本書は、命を奪われた人々に寄り添いながら綴られた記録です。
だからこそ、あえて「子ども」と書いていることに、一人ひとりの命を大切に思う著者の気持ちが表れているように思いました。
123便は夏休みの帰省シーズンの便で、家族連れも多く乗っていました。これからの未来を生きるはずだった多くの子どもたちも、犠牲になっています。
本書の中で「子ども」という言葉が出てくるたびに、そこにまだ始まったばかりの人生があったことを意識させられました。
その事実と向き合う著者が、言葉の選び方ひとつにまで心を配っている。
それは単なる表記の違い以上の重みを持っていると感じました。
総評
本書は飯塚氏の視点で書かれていますが、描かれているのは警察官の姿だけではありません。
医師や看護師(当時の呼び方は「看護婦」)、ボランティアの奮闘、そして悲しみに暮れる遺族の姿まで、丁寧に綴られています。
窓という窓を黒い幕で覆った体育館。真夏の熱気の中、汗まみれで作業を続ける人たち。
立ちこめる臭いと線香の煙、そして時折響く遺族の悲鳴や号泣。
本書を読んでいると、その場の空気までもが伝わってくるようです。
指紋や歯型など、わずかな手がかりから一人ひとりの身元を明らかにしていく地道な作業。
一刻も早く家族のもとへ帰したいという思いで、立場の違う人たちが一つになっていく姿に胸を打たれました。
また、本書は現場の苦労だけでなく、遺族一人ひとりの悲しみにも目を向けています。
外国人犠牲者の遺族とのやりとりからは、国や宗教によって死の受け止め方が違うことも見えてきます。
目を背けたくなるような痛ましい描写も多いですが、それは紛れもなく実際に起きた出来事です。
あの体育館で極限の日々を過ごした人たちは、口をそろえて「人生観が変わった」と語ったそうです。
読み終えたあと、その言葉の重さが少しだけ分かったような気がしました。
チームワーク、尊厳、情熱、命の尊さ。
ひとつひとつの場面に寄り添うように記されていて、読み終えたあとも胸に迫るものがあります。
飛行機に乗るのが好きな私にとっても、決して他人事ではない一冊でした。
事故から40年以上が過ぎた今だからこそ、ぜひ多くの方に読んでもらいたい、大変おすすめの一冊です。
