こんにちは!ヤマモトサオリです。
平仮名は「五十音」と呼ばれますが、現在使われている文字は「ん」を含めて46文字しかありません。
そこに濁音や半濁音を加えると71文字。
私たち日本人は、この限られた文字を組み合わせることで、無限の言葉や意味を生み出しています。
では、もし当たり前に使っているこの文字が、ある日突然一つずつ消えてしまったら…?
今回ご紹介するのは、そんな奇想天外な発想から生まれた実験的小説。
『残像に口紅を』(著者:筒井康隆) です。
こんな人におすすめ!
・言葉が消えていく!不思議な世界を体験したい人
・前衛文学や日本SF文学が好きな人
・筒井康隆氏の独創的な作風を味わいたい人
あらすじと補足
主人公は小説家の佐治勝夫。彼はある日、自分が小説の登場人物として、虚構の世界を生きていることに気づきます。
そして物語が進むにつれて、その世界から文字が一つずつ消えていくのです。
最初に消えるのは「あ」。
「あ」が消えると、妻が夫を呼ぶときの言葉が消え、道端を列をなして歩く黒い小さな昆虫も消え、その文字を含む名前を持つ人物さえ存在できなくなります。
一度消えた文字は二度と戻らず、残された文字だけで形作られていく世界。
「言葉が消える」とはつまり、「概念や存在そのものが消える」ということ。
アイデア自体がとても斬新で、「なるほど、そう来るか」と驚かされる仕掛けでした。
本作の発表は1989年、文庫化は1995年。
2017年にはテレビ番組でカズレーザーさんが紹介して話題になり、2021年には小説紹介クリエイターのけんごさんのTikTok動画をきっかけに、再び大きく注目されました。
2025年には漫画版も発売されていて、30年以上たった今も読まれ続けている一冊です。
ちなみに、日本三大奇書といえば『ドグラ・マグラ』『虚無への供物』『黒死館殺人事件』の3作品。
もし現代版の奇書ランキングがあるとすれば、本作はかなり上位に入るのではないかと思います。
印象に残った場面
タイトルのシーン「残像に口紅を」
娘の名前に使われている文字が消えたことで、娘という存在そのものが世界から消えてしまいます。
それでも、父である主人公の記憶の中には、彼女の残像がはっきりと残っている。
化粧をすれば、もっと美しくなっただろう。
そう想像しながら、その残像に薄化粧を施し、唇に紅を差してあげるのです。
消えてしまった存在を、どうにかしてつなぎとめようとする父の切ない行為。
世界からは消えても、想う人の記憶の中には残り続ける。
名前が呼べなくなっても、大切な人を大切に思う気持ちまでは消せないのだと感じました。
文字が失われるというアイデアの実験的な面白さと、人が人を想う切実さが重なる瞬間。
この小説を象徴する、きれいな場面だと思います。
ただ、正直に言うと、少し引っかかる気持ちもありました。
小さな子どもならまだしも、年頃の娘の唇に父親が紅を差すことは、普通はあまりないのではないかなと。
露骨な性描写が多い
楽しく読み進めていると、中盤で突然始まる官能小説のような展開… そう、不倫です。
やっと終わったと思ったら、また突然始まる性描写。
この生々しい描写を読んだあとで、あの紅を差すシーンを思い返すと、父親が娘を一人の女性として見ているように思えてしまいました。
もちろん、実際に触れているわけではなく、あくまで記憶の中の残像への想像。
しかも実験的小説の、さらに虚構の世界での出来事です。
それでも、年頃の娘の唇に紅を差すという想像と、この性描写が重なってしまい、やはり気持ち悪いと感じました。
きれいな場面だからこそ、その後の描写との落差が大きい。
お互いが悪いほうに響き合ってしまっているように感じます。
筒井康隆氏の作品は私もけっこう好きなのですが、性描写が苦手な私には、こうした描写の多さが少しつらいところ。
同じく苦手な方はご注意ください。
言葉の選択肢が無くなっていく
印象に残ったのは、言葉の選択肢が少なくなっていく場面です。
「密会。いやな言葉だわ。でももう、そんな言葉しか残されていないんだわ」という女性のセリフ。
本当はもっと適切な言葉を使いたいのに、その言葉が消えてしまったため言い換えることができない。
この世界の残酷さが、一瞬で伝わるセリフでした。
作中では脇役たちも「言葉が消えていっている」ことを認識していて、戸惑ったり、怒ったりします。
その中でこの女性は、「言葉が消えていくのは仕方のないこと」と、諦めを含んだ姿勢で受け入れている。
ほかの人物たちとは対照的で、とても印象に残りました。
使える音がどんどん少なくなっていくなかで、言葉が失われていくことへの反応まで人によって書き分けている。
限られた言葉でここまで表現できるのかと、筆力の高さを感じました。
もし自分の世界で言葉が消えていったら、と読みながら想像してしまいました。
普段何気なく使っている言葉のありがたさに、あらためて気づかされます。
総評
発想そのものは本当に素晴らしいのですが、正直なところ、ストーリーは途中からほとんど理解できなくなってしまいました。
私は物語の展開や脈絡を求めるタイプなので、こうした実験的小説はやっぱり苦手です(汗)
ただ、終盤は使える文字がごくわずかになり、もはや文章というより音の連なり。ついていけなくなったのは、ある意味で作品の狙いどおりなのかもしれません。
とはいえ、使える文字がどんどん制限されていく中で長編小説を書き上げた、筒井康隆氏の語彙力・発想力・世界観には、ただただ脱帽。
読み終えてから、普段どれだけ多くの言葉に支えられて暮らしているのかを考えるようになりました。一つの文字が消えるだけで、呼べなくなる人、言えなくなる気持ちがある。言葉は「あって当たり前」のものではないのだと、この本に教えられた気がします。
物語の分かりやすさやスッキリした結末を求める方には、少し読みにくい一冊かもしれません。
性描写も多いので、苦手な方は心づもりをしておくと安心です。
一方で、「小説でこんなことができるのか」という驚きを味わいたい方や、言葉そのものに興味がある方には、ほかでは得られない読書体験になるはず。
ストーリーを追うというより、作者の仕掛けに付き合うつもりで読むと楽しみやすいと思います。
小説はハードルが高いと感じる方は、2025年に発売された漫画版から入ってみるのも一つの方法です。
作品そのものへの好みは分かれると思いますが、「言葉の可能性」に挑戦した一冊としては、間違いなく価値があると思います。
そんな意味も込めて、少し甘めの3 iine 🙂🙂🙂
